発破サイレン授業妨げ 府教委、仮処分申請へ
(京都新聞 2011/07/02)


 京都市右京区京北下弓削町の山間部で、地元の鉱業会社がマンガンの探査をしており、発破を知らせる大音量のサイレンが近くにある京都府立北桑田高の授業の妨げとなっている。

 業者は「違法行為はなく、やめる必要はない」
とするが、耳鳴りを訴える生徒もいることから府教育委員会は「学習の権利を侵害されている」として、改善されなければ音量の低減などを求める仮処分を京都地裁に申請する方針を固めた。

 丹波マンガン記念館の前館長が社長を務める会社で、同高の敷地を含む3724アールの鉱業権を持つ。経済産業省の認可を受け、2009年9月に発破を始め、昨年7月にサイレンが加わった。

 同高によると、今年6月30日までに発破は293回、サイレンは156回あった。1回あたり最長で約10分間鳴り、最近は3~4分という。5月に教室内で測定したところ窓を閉めた場合は工場内で隣人との会話が難しい91デシベル、窓を開けると車の警笛音が近くで鳴る110デシベルに相当した。


 発破現場から高校までは約80メートル離れており、公共施設から50メートル以内での作業を制約する鉱業法に抵触しない。サイレンは鉱山保安法に基づく同省の指導で鳴らされたが、音量や長さの規則はない。同省の中部近畿産業保安監督部近畿支部鉱山保安課は「この地域なら5秒で十分。周囲が迷惑を被っているのは知っているが、強制的に指導できない」という。

鉱業会社社長は「10億円の価値があるマンガンが眠っている可能性がある。問題解決には、学校が引っ越すか、うちが補償金をもらって休業するかのどちらかだ」と話す。府教委管理課は「問題解決に向け、国が指導力を発揮してほしい」としている。



発破開始から一年後、サイレン開始から2か月後↓

長すぎる!大音量のサイレンに困惑する住民たち
(ABCテレビ NEWSゆう+ 2010/09/17)

京都市内のある街で今、大音量のサイレンが問題になっている。その正体は何なのか、ウラドリ取材班が調べてみると、そこには複雑な事情が絡み合っていた。

■1日に何回も響き渡る、サイレンのごう音

(略)音の大きさを機械で計測してみると、105デシベルを記録。これは電車が高架を通過した時の高架下の音と同等の音量だ。

サイレンを鳴らす警報機のすぐそばには、府立北桑田高校があり、一番近い校舎までの距離は、わずか100メートルしかない。同校の生徒たちは「夏休み入る前からずっと鳴っている。授業中も関係なく鳴る」と話す。

地元関係者によると、サイレンが鳴り出したのは、7月13日。それから16日までの4日間、断続的に鳴ったという。

高校が夏休みに入ると、発破とサイレンはいったん止むが、夏休みが明けた始業式の日から再び鳴り始める。しかも回数はぐっと増え、長い時で15分間、1日11回も鳴る日があったという。

(略)
取材班が調べてみると、周辺には鉱物を掘る権利「鉱業権」が設定されていた。鉱業法では、採掘現場は公共施設など建物から50メートル離れなければならない。今回は一番近い高校の校舎で100メートルの距離なので違法ではない。

では、あの長いサイレンの音には問題がないのだろうか。騒音問題を管轄する京都市環境指導課の臼井保課長は「サイレンによる音の規制は騒音規制法、および府の条例の対象外。法的な根拠が無いので、やめていただくような指導まではしにくい」と話す。サイレンはそもそも、危険を周知、警告するためのものなので、音の長さや大きさは独自の判断にゆだねられているのだ。

鉱山を指導、監督する経済産業省の鉱山保安課・小西行雄課長は「地元の方から、『突然の発破でびっくりする』という苦情があったので、発破の事前予告のためのサイレンを鳴らすようにと指導した」という。つまり、サイレンが鳴る前は発破だけが何度も繰り返されていたので、国が指導したところ、業者はサイレンを鳴らすようになったというのだ。しかし、問題はその長さ。

小西課長は「まさか、こんな長い時間鳴らすとは予想していなかった」と話す。国は時間を短くするよう電話で指導したが、業者は応じなかったという。

いずれも法的には何ら問題はないが、せめてサイレンの音を短くすることはできないのだろうか。取材班は、採掘業者に直接話を聞きに行った!


記者「10分~15分、果たしてこれぐらいの時間を鳴らす必要があるのか?」

業者「よく聞こえるように鳴らしている。規定はないし、うちにも鉱業権がある」

記者「例えば、警報の鳴る時間をもう少し短くするとか、配慮しようという気持ちは?」

業者「夜に鉱業をやらないで、昼間にやって配慮しているつもりやけど」

記者「我慢しろと?」

業者「我慢してもらうか、学校を潰してもらってほかに移転してもらうよりない」


あくまで「権利だ」と主張する業者。話を進めると、過去に警察の不当な捜査にあったことや、今回の行政の対応に不満があることがわかった。

業者の鉱業権は府立高校の敷地にもあるが、法律で50メートル以内に建物がある場合は、所有者らの許可が必要になり、事業ができない。このため、京都府に賠償を求めていたが、府は「鉱業権の設定と土地所有の関係は無関係」ということで、話し合いは物別れに終わったという。

業者は「周辺地域と話し合う余地はあるが、地下資源のためにやっているので、今後もサイレンを鳴らす」と話す。

いつ鳴るかわからない「あの音」に地元は不安を抱えたままだ。安堵する日はいつ来るのだろうか。



マンガン記念館、再オープン 閉館から2年ぶり 京都・右京区、来月3日 /京都府
(朝日新聞 2011/06/21)

 戦時中の強制連行の実態を伝える施設で、2009年に閉館した「丹波マンガン記念館」(右京区京北下中町)が、7月3日に再びオープンすることになった。大学教授らが再建委員会を立ち上げて市民らから資金を集め、2年ぶりの開館にこぎつけた。

 記念館は、朝鮮半島から強制連行された労働者らが働いた鉱山の跡地にある。在日朝鮮人1世の李貞鎬(イジョンホ)さんが1989年に設立。95年の死去後は息子の龍植(ヨンシク)さん(51)が後を継ぎ、300メートルの坑道や労働者の様子を展示してきたが、資金難で閉館に追い込まれた。

 昨年6月、元龍谷大教授の中村尚司(ひさし)さん(72)らが再建委員会を結成。市民らに募金を呼びかけ、1千万円以上を集めて坑道などを補修した。運営には年650万円が必要という。

 新館長には、在日の権利拡大に取り組む朴実(パクシル)さん(67)=伏見区=が就任。今月26日には再開館式を開き、じん肺で亡くなった鉱夫たちの慰霊をする。夏休みには、福島の原発事故に見舞われた子どもたちを招待する計画も進めている。(略)

丹波マンガン記念館:再開館 先人の歴史引き継ぐ 式典で決意 /京都
(毎日新聞 2011/06/27)

 ◇再建委メンバーら決意 鎮魂歌や読経

 マンガン鉱山で厳しい労働に従事した朝鮮人らの歴史を伝え09年5月に閉館した、丹波マンガン記念館(京都市右京区)が再開館を迎え、26日式典があった。再建委員会のメンバーや、再建を支援する韓国の国会議員ら約80人が出席。朴実(パクシル)新館長(67)は「苦労した先人たちの歴史を引き継ぎたい」と決意を語った。

 再建委は10年6月、在日コリアンや大学教授らで設立。老朽化した鉱山など見学施設の修復や運営費のために寄付を集め、目標の1000万円に達した。

 鉱山の入口で行われた式では、同館を家族で運営してきた李龍植(イヨンシク)前館長(51)らを表彰。その後、山の神を鎮める開坑の儀式や僧侶の読経があり、朝鮮半島の打楽器に合わせた祈りの歌で、厳しい労働の中、じん肺などに苦しみ、亡くなった人たちを悼んだ。一般公開は7月3日以降の日曜日。


李 龍植
1960年京都府北桑田郡弓削村に生まれる。1976年地元の北桑田高校に入学。1979年マンガン鉱山で採掘に従事。1980年じん肺同盟活動のボランティアのち、労災センターで労働災害の支援団体勤務。1981年~83年マンガン採掘に従事。1984年珪石鉱山、金鉱山、タングステン鉱山、長石鉱山の採掘に従事。1985年大阪市所在の大和興産(株)営業職に勤務。1995年丹波マンガン記念館館長に就任。2001年丹波マンガン記念館をNPO丹波マンガン記念館とし副理事長に就任。2006年白頭鉱業(有)代表取締役に就任。全国人権資料展示ネットワーク代表に就任
(丹波マンガン記念館の7300日 20万来館者とともに - セブンネットショッピングの著者紹介より)



しょせんですね。


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