(朝日新聞 2014/10/07)

 戦国武将の島津義弘(1535~1619)にゆかりの深い姶良市、日置市、湧水町、宮崎県えびの市の4市町が「三州同盟」を締結した。没後400年目となる2018年へ向け、様々な記念事業に連携して取り組む。民間では大河ドラマ化をめざす動きも出てきた。

 「三州」とは島津義弘ゆかりの薩摩、大隅、日向の三国のこと。日置は薩摩、姶良と湧水は大隅、えびのは日向にあたる。

 生涯を通じて出兵の連続だった義弘には、縁のある自治体が少なくない。そのなかで4市町は、義弘が拠点とした居城が長く置かれ、史跡などが多く残る点で共通するという。

 三州同盟の資料によると、日置は生誕の地。約18年間(1535~54)を過ごした。姶良で暮らしたのは通算約28年間(54~57、95~1619)で、初陣と終えんの地だ。えびのの約27年間(1564~90)と、続く湧水の約6年間(90~95)は、ともに壮年期だ。

 義弘が生きた時代は、九州を含む日本中が動乱のさなか。豊後の大友軍を破った合戦(1578)、豊臣軍に敗れた合戦(1587)、敵中突破で知られる関ケ原の戦い(1600)など数々の戦(いくさ)に名を刻む。

 姶良市で8月にあった同盟締結式では、姶良の笹山義弘市長、日置の宮路高光市長、湧水の米満重満町長、えびのの村岡隆明市長が握手を交わした。

 同盟を提唱した姶良の笹山市長は「一つの自治体ではできないような相乗効果を出したい。歴史文化の再認識だけでなく、観光や経済の振興、子どもたちのふるさと学習にも生かせる」と強調する。

 湧水の米満町長は地元の郷土研究会会員でもある。「(居城の)松尾城跡は町民の心のよりどころ。県境の小さな町が3市のつなぎ役となり、現在の県境にとらわれない視点と発想を持ちたい」と話す。

 4市町は没後400年目に向け、ゆかりの地を巡る歴史体験ツアーや講演会、パネル展、共通パンフレット作成などの連携事業を、市町ごとの単独事業とともに展開していく方針だ。

■大河ドラマ 期待

 行政側の三州同盟締結に先立ち、姶良市では民間有志が「島津義弘公 大河ドラマ誘致委員会」を立ち上げた。他の3市町でも同様の会を設立済みか準備中で、合同の大会を11月15日に姶良で開く。地元で機運を高めながら、NHKへ働きかける。

 姶良の誘致委の法元隆男会長(73)は「義弘公はふるさとの誇り。この熱い思いで誘致を実現したい」と力を込める。

■優しさ・勇猛・文化人…今も魅力

 没後400年近くたった今なお、地元の人たちを突き動かす、島津義弘の魅力とは何か。

 義弘の菩提寺(ぼだいじ)、日置市の妙円寺。伊藤憲一住職(58)は「普段は優しくて家臣に慕われ、戦になれば鬼のように恐ろしく、戦の後には敵味方の供養塔を建てる。様々な側面を持つ人間としての魅力がある」と見る。

 姶良市の市誌編さん担当、下鶴弘参事(57)は「兄の義久公を立てて、自分は最前線で戦い続けた。それが島津家の強さ、後の薩摩藩の繁栄の礎になった」と指摘。「すぐれた行政マンでもあり、茶の湯や焼き物に通じた文化人でもあった。あまり知られていない面に光が当たれば」と願う。

 日韓関係がきしむ中、朝鮮出兵時の勇猛な戦いぶりで知られる義弘が、NHKの大河ドラマになじむかどうか、気をもむ向きも地元にはある。

 しかし、誘致委の出村卓三事務局長(70)は力説する。「勇猛さゆえに誤解もされている。義弘公の情愛深い生き様を正しく伝えたい。ゆかりの地に住む私たちの責務です」(中村幸基)


記者がこの一文をどうしても入れたかったのか、朝日的にこの一文を入れないと載せられないのか知りませんが、朝日が大河ドラマで誰を取り上げるのかまで韓国の顔色を気にしていることは分かりましたね。

ぜひ大河に決まって、NHKがどう脚本するのか見てみたいですね。(朝鮮に行かなかったりして・・・)

花の慶次―雲のかなたに (14) 
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