(ニューシス 韓国語 2015/07/19)
「韓国人観光客が増加しながら日本文化財の盗難事件が増えつつある」と日本の日刊新聞である読売新聞が報道した。
読売は19日の記事を通じて、「韓国に近い長崎県対馬には、年間19万人の韓国人旅行客が訪れている。それに伴い韓国人による文化財の盗難事件も増えつつある」と主張した。
「昨年11月には、韓国人の男5人が梅林寺で銅製の仏像『誕生仏』および300巻を越える般若経(仏教経典)を盗んだとする疑いで警察に逮捕された」とし、「韓国人が2012年に観音寺から盗んだ『観世音菩薩坐像』もまだ日本に返還されていない」と読売は報道した。
しかし、日本に返還されていない『観世音菩薩坐像』についての具体的な情況はこうだ。韓国人窃盗団は2012年10月、日本の海神神社から『銅造如来立像』を、観音寺から『観世音菩薩坐像』を盗んで韓国に搬入した。窃盗団6人は有罪判決を受け、去る17日、『銅造如来立像』は日本に返還された。
しかし、この問題が現在、国内で議論になっているのは、日本に返還された『銅造如来立像』が統一新羅時代に製作された韓国の仏像だったためである。文化財庁の鑑定の結果によれば『銅造如来立像』は8世紀前半(統一新羅時代)の作品だ。
いかなる経路で日本に流出したのかは明らかになっていないが、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)当時に略奪で、あるいは正常な交流で流出したものと学界では推定している。
日本に返還されずにいる『観世音菩薩坐像』も同様である。この仏像もまた、高麗時代のもので、1330年には忠清南道瑞山市の浮石寺の仏像だったが、倭寇に略奪されたものと推定されている。これに浮石寺は「正確な流出経緯が確認されるまで日本への返還を中止せよ」という仮処分申請を出して裁判所に受け入れられた状態だ。
しかし、19日の読売新聞の報道では、このような具体的な事実や仏像にまつわる歴史的背景についての説明は一切なかった。(機械翻訳 若干修正)
(読売新聞 2015/07/19) 2012年に韓国人窃盗団から盗まれた国指定重要文化財「銅造如来立像」が、対馬市峰町木坂の海神神社へと戻された18日、ご本尊と再会を果たした氏子らは安堵あんどの表情を浮かべた。対馬では韓国人による文化財の盗難事件が続き、日韓交流に暗い影を落としている。寺社の後継者不足を背景に、今後の保管方法についても議論が交わされている。(島居義人、橋谷信吾) 対馬市の県立対馬歴史民俗資料館で、文化庁の職員から立像を受け取った海神神社の総務の扇平おおぎたいらさん(58)は「無事に帰って来た。ほっとした」と表情を緩めた。 一方、盗難後に立像の指先の一部が欠けた可能性が浮上し、神社総代の島井利和さん(67)は「残念としかいいようがない。二度とこんなことをしないでほしい」と、複雑な表情も浮かべた。 立像と一緒に盗まれた同市豊玉町の観音寺所蔵の県指定有形文化財「観世音菩薩坐像」は、今のところ日本へ返還される見通しがたっていない。同寺の田中節孝・前住職(68)は「盗難品だから一刻も早く返すべきだ」と強調した。 韓国に近い対馬には、年間約19万人の韓国人旅行客が訪れている。それに伴い韓国人による文化財の盗難事件も増えつつある。 立像を盗んだ窃盗団は、観音寺から「観世音菩薩坐像」も盗んだ。さらに、昨年11月には、韓国人の男5人が同市美津島町の梅林寺で銅製の仏像「誕生仏」と300巻を超える大般若経を盗んだとする窃盗容疑などで県警に逮捕された。 盗難多発の一因について、後継者不足などで無人の寺社が増え、仏像をはじめ文化財の管理が手薄になっている点が指摘されている。 今回戻った立像は、海神神社の宝物館が盗難時にかぎが壊されため、当面、県立対馬歴史民俗資料館で保管することになった。相次ぐ文化財の盗難を受けて、地元では「公的施設に管理を任せてみてはどうか」との意見も出ている。 これに対して同神社の扇さんは「ご神体は、本来は神社にあることが望ましく、氏子たちの大半は地元で保管したいと考えている」としたうえで、「国には、神社での保管について、宝物館の整備費の補助なども検討してほしい」と話した。 ◇ 毎年8月に対馬市で開かれている夏祭り「対馬厳原港まつり」。12年の事件を受け、13年のまつりではメイン行事の「朝鮮通信使行列」が中止になり、サブタイトルの「アリラン祭」の表記も削除された。14年は復活を決めたが、天候不良で行列は取りやめた。 同行列振興会の稲田充会長(59)は「日韓で朝鮮通信使の関連史料を記憶遺産にという動きもある。1体だが仏像も戻ってきた。日韓交流のさらなる進展に向け、今年は行列を成功させたい」と話した。 |
ファビョった措置を取ったことが、どれだけ韓国の国益を損なっているのかを身に染みて分かるまで、外交の場などで執拗に話を持ち出すべきですね。

