(韓国アパート新聞 韓国語 2015/07/22)

日本領海外での自衛隊の武装および軍事活動が現実化し得る安倍信三政権の『集団的自衛権』法案が去る16日、衆議院で強行処理された。

「おごりと無責任が極まった暴挙」と朝日新聞が指摘した。朝日新聞は日本でとても特殊な位置にある新聞である。2005年3月に日本の独島放棄を主張するコラムを掲載して日本右翼の標的になり、執筆者は後に主筆にまで上がった。

在日韓国人犯罪者に対して他の新聞とは異なり、韓国名を書かずに日本名のみ記載して在日同胞に対する偏見を助長することもない。

1987年5月には記者2人が右翼の秘密組織から「反日世論を育成する」という理由で銃撃を受け、2011年8月(2001年8月15日社説?)には日本最大のタブーである『日王の戦争責任論』を公開で論じて危険を自ら招いた。

何より朝日新聞が私たちに印象的なのは、かなり以前から日本の過去の歴史反省を促してきたという点である。慰安婦問題を提起しながら日本右翼との戦いも20年を越えた。

絶え間ないテロと脅迫に苦しめられながらも、国粋的民族主義を排撃し、過去の歴史の反省を促し、タブーを破壊する姿は驚異的で感動的なほどである。

勇敢で時には無謀に見えることさえするその孤軍奮闘に、ありがとうと小さな助けでもしたいという気持ちでマートに行けばアサヒビールを数本ずつ買ったりしていた。おかげで妻から「高い日本のビールを好む虚栄の塊り」と非難までされたが、後ほど朝日新聞とアサヒビールが何の関係がないことを知って虚しく笑ったことは記憶に新しい。

多くの人々が「朝日新聞には日本特有のいやな民族主義の臭いが漂っていない」と話す。そのような記者の精神を基に『日本の生きた良心』になった。

メディアに最も必要なことは批判意識である。いくら見栄えが良く包装された事案や疑問の余地がない事件であっても、問題点を掘り下げて弊害や副作用と隠れたファクトがあるのか問い詰めるのが存在理由だ。

ただ、その批判意識は権力と金力に向かうものでなければならない。国のためであるという言い訳で行われる権力のおごりと独善を暴いて真実を知らせなければならず、お金がお金を稼いで既得権を強化しようとする試みを排撃しなければならない。そうすることで剣より強いペンの偉大な力が発揮されるのである。しかし、反対にメディアのペン先が貧しくて疎外された社会的弱者を狙うことになれば、それは直ちに暴力になる。権力とお金に寄生して国民を蹂躪する犬になることである。

某メディアは、アパート管理費を同窓会費に例えながら「どんぶり勘定でやたらに使われる」と、また他のメディアは「彼らだけのリーグである管理事務所の内密帳簿や海千山千の暮し向きを相変らず公開したがらない」とした。『アパート管理族』という妄言性の新造語を作り出すこともした。悪意的な意図が多い。

何年か前から共同住宅に関する不正がメディアを飾ることが頻繁になった。問題は、そうした報道を量産する記者とディレクターが管理の現場にまともに行くこともせず、自分の好み通りの一方的な記事を吐き出しているというところにある。

アパート管理の不正を報道するのは本当に気軽で気楽だ。権力者でもなく、金力集団でもないので、誤報を出しても別状がないためである。膨らませて書けばむしろ読者や視聴者から‘義侠心の強い記者’というヒーローキャラクターを得ることもできる。だが、そのような記事によって共同住宅はさらに騒々しくなり、不信と混乱が深くなる。記者の小英雄主義と名声に対する欲求が全くよくない結果を招くのだ。

大韓住宅管理士協会がこうした誤ったメディアの実態について積極的に対応することにしたという。晩時之歎だが、今からでも管理の現場を正しく理解し、実際の問題点を知り、真に入居者に役立ち、従事者の権益が伸張する方向を理解するようにしなければならない。

最近『キレギ』という表現がよく使われる。『記者+ゴミ』の合成語だ。記者が弱いところだけを選んで通い、後腐れがなくて名前を売りやすい記事だけ報道する時、彼はもう記者ではない。それは『キレギ』である。

朝日新聞のように、巨大権力に堂々と対抗して弱者の面倒を見ることを知るメディアがより一層引き立って見えるこの頃である。

メディアの力は机から出ない。足で走って得た‘真実’から出る。(機械翻訳 若干修正)


自らの主張を通すために良くも悪くも日本を引き合いに出すのはいつものことですが、朝日新聞が韓国人にこれほど愛されているとはね。

朝日新聞が報道した「日韓併合」の真実 韓国が主張する「七奪」は日本の「七恩」だった
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