(朝鮮日報 2015/11/27)
韓国の検察が最近、元慰安婦の名誉を傷つけたとして、『帝国の慰安婦』の著者、朴裕河(パク・ユハ)世宗大学教授を起訴した。
26日午後3時、日本の知識人54人が「歴史をどのように解釈するかは学問の自由」だとして抗議声明を出した。「(本に書かれた内容について)韓国だけでなく日本国内からも異論があるのは事実です。しかし(中略)特定の個人を誹謗(ひぼう)したり、暴力を扇動したりするようなものは別として、言論に対しては言論で対抗すべきであり、学問の場に公権力が踏み込むべきでない」と主張した。
若宮啓文・元朝日新聞主筆、上野千鶴子・東京大学名誉教授、小森陽一・東京大学教授らが名を連ねた。アンドルー・ゴードン・ハーバード大学教授のような海外の大学者や、村山富市・元首相、河野洋平・元官房長官も賛同した。「合理的な日本」「良心的な日本」を代表するA級の学者・論客・政治家を網羅していると見ていい。問題は、この人々の指摘に、韓国人がどこまで共鳴するかという点だ。
『帝国の慰安婦』は、2013年8月に初版が出た。当時の反応は静かなものだった。「論点が間違っている」と批判する人が時折存在した。一方で「挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)とは異なる声を上げる勇気は高く買う」という評価も少なからずあった。昨年6月、「ナヌムの家」の元慰安婦9人と挺対協が朴教授を告訴したことで、本の運命はがらりと変わった。元慰安婦と挺対協は、なぜそんなに怒ったのだろうか。
「『朝鮮人慰安婦』とは、朝鮮人兵士と同様、抵抗したものの屈服し、協力した存在だ。日本の戦争に連れていかれた奴隷であることは明らかだが、同時に、性を提供してやり、看護してやり、戦場に向かう兵士に『生きて戻ってきて』と語り掛けた同志でもあった」(207ページ)
生きて「地獄」を経験した元慰安婦にとって、こうした話は侮辱的なものだろう。しかしこの日、日本の知識人らが挙げたのは、朴教授の本が正しいか、間違っているかという問題ではなかった。この人々は、思想信条の自由があるべきだと主張した。「韓国社会にその自由があるのか」と問い掛けた。そんな話をしているのが日本の右翼ではなく、善良な人たちであることに戸惑う記者会見だった。
金秀恵(キム・スヘ)東京特派員
記者は、「価値観を共有しない国」に来たばかりだから、戸惑うのも仕方ないですね。
(朝鮮日報 2015/10/23) 元慰安婦のハルモニ(おばあさん)、ごめんなさい 15年前、ソウル・鍾路警察署の「番記者」だった。2月末、警察署の壁に「水曜集会」の案内文が掲示されていた。三一節(3月1日の独立運動記念日)が水曜日で、その日にちょうど集会が400回を迎えると書かれていた。京畿道広州の「ナヌムの家」に行き、元従軍慰安婦のおばあさんたち9人に会い、三一節の朝の社会面トップ記事を書いた。 私はその時、おばあさんたちの話に憤慨し、社会面トップ記事を書くのに発奮した。憤慨する人が増えれば、難しい問題も早く解決するだろうと考えていた。記者の使命はできるだけ多くの人々を私と同じように憤慨させることにあり、そこまですれば任務は終わると簡単に思っていた。それは純粋だったからだろうか、それとも愚かだったからだろうか。 あの日お会いしたおばあさんたちの多くが亡くなった。 「がんで先に亡くなった方に『どうにももう生きられそうにないから、私の分まで頑張って』と言われた」と言っていた金順徳(キム・スンドク)さん(1921-2004年)。亡くなる前まで集会に参加し、11年前の夏に亡くなった。 「もっと年老いたら這ってでも集会に行く」と言っていたノ・チョンジャさん(1920-2004年)。金順徳さんが亡くなった2カ月後にこの世を去った。 「冬に集会に出るのが一番つらい」と言っていたパク・オクリョンさん(1919-2011年)。2010年の冬は越したが、翌年の春に亡くなった。 「あとどれだけ記者に会い、胸をえぐるような昔の話を繰り返せば、謝罪が受けられるのか」と言っていたイ・ヨンニョさん(1926-2013年)。その言葉を言った後に涙をこぼしていたが、2年前の夏に亡くなった。 私は慰安婦問題がどれだけ解決の難しい問題であるかを分かっていなかった。分かっていないのに、「分かった」と思い込んでいた。そして、すぐにこの問題を忘れて次に行ってしまった。 その間、当時ご健在だったおばあさん約150人のうち約100人が亡くなってしまった。このほど私は朝鮮日報東京支局に移り、この15年間にさらに厚くなった慰安婦関連資料に赤い線を引きながら、「この問題はいまだに解決していない」という記事を書き続けている。そうしながらも、胸に引っかかっているのが「解決とは何か」ということだ。 韓国側の要求の核心は、日本が「慰安婦問題は大日本帝国という国家が犯した戦争犯罪であり、その責任は大日本帝国と大日本帝国を継承した日本国にある」とすっきり認めることだ。だが、それを安倍晋三首相は認めるだろうか。いや、認めないだろう。安倍首相の次の首相は認めるだろうか。可能性は低い。では、どうすべきなのだろうか。 このことについて、韓国政府・韓国与野党・韓国人の見解はバラバラだ。韓国には「100年かかってもきちんとした方法で雪辱する道」が何なのかについての国論がなく、「日本が悪い。安倍が悪い」という原論だけがある。韓国人同士で非難し合うことになるのではと恐れ、安倍首相のことばかりののしり続けている。日本人だけでなく、韓国人にも「本音」と「建前」があるのだ。 歴史問題に対する唯一の根本的な解決策は、強くなることだ。日本は絶対に韓国の望み通りの反省はしない。その日本を相手に、忘れもせず、許しもしないが、実利はしっかりと手にし、あきらめずに毎日少しずつでも彼らより強くなることだけが、ある日の朝、慰安婦問題を含む歴史問題で韓国が望む場所に到達する道なのだ。 ただ、そこに到達する日までに多くのおばあさんたちが亡くなっていくと思うと、胸が締め付けられるばかりだ。 東京=金秀恵(キム・スへ)特派員 |
| 「帝国の慰安婦」朴裕河教授の在宅起訴に学者ら54人抗議声明(全文) (ハフィントンポスト 2015/11/27) (略) 朴裕河氏の起訴に対する抗議声明 『帝国の慰安婦』の著者である朴裕河氏をソウル東部検察庁が「名誉毀損罪」で起訴したことに、私たちは強い驚きと深い憂慮の念を禁じえません。昨年11月に日本でも刊行された『帝国の慰安婦』には、「従軍慰安婦問題」について一面的な見方を排し、その多様性を示すことで事態の複雑さと背景の奥行きをとらえ、真の解決の可能性を探ろうという強いメッセージが込められていたと判断するからです。 検察庁の起訴文は同書の韓国語版について「虚偽の事実」を記していると断じ、その具体例を列挙していますが、それは朴氏の意図を虚心に理解しようとせず、予断と誤解に基づいて下された判断だと考えざるを得ません。何よりも、この本によって元慰安婦の方々の名誉が傷ついたとは思えず、むしろ慰安婦の方々の哀しみの深さと複雑さが、韓国民のみならず日本の読者にも伝わったと感じています。 そもそも「慰安婦問題」は、日本と韓国の両国民が、過去の歴史をふり返り、旧帝国日本の責任がどこまで追及されるべきかについての共通理解に達することによって、はじめて解決が見いだせるはずです。その点、朴裕河氏は「帝国主義による女性蔑視」と「植民地支配がもたらした差別」の両面を掘り下げ、これまでの論議に深みを与えました。 慰安婦が戦地において日本軍兵士と感情をともにすることがあったことや、募集に介在した朝鮮人を含む業者らの責任なども同書が指摘したことに、韓国だけでなく日本国内からも異論があるのは事実です。しかし、同書は植民地支配によってそうした状況をつくり出した帝国日本の根源的な責任を鋭く突いており、慰安婦問題に背を向けようとする日本の一部論調に与するものでは全くありません。また、さまざまな異論も含めて慰安婦問題への関心と議論を喚起した意味でも、同書は大きな意義をもちました。 起訴文が朴氏の「誤り」の根拠として「河野談話」を引き合いに出していることにも、強い疑問を感じざるを得ません。同書は河野談話を厳密に読み込み、これを高く評価しつつ、談話に基づいた問題解決を訴えているからに他なりません。 同書の日本版はこの秋、日本で「アジア太平洋賞」の特別賞と、「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」を相次いで受賞しました。それはまさに「慰安婦問題」をめぐる議論の深化に、新たな一歩を踏み出したことが高く評価されたからです。 昨年来、この本が韓国で名誉毀損の民事裁判にさらされていることに私たちは憂慮の目を向けてきましたが、今回さらに大きな衝撃を受けたのは、検察庁という公権力が特定の歴史観をもとに学問や言論の自由を封圧する挙に出たからです。何を事実として認定し、いかに歴史を解釈するかは学問の自由にかかわる問題です。特定の個人を誹謗したり、暴力を扇動したりするようなものは別として、言論に対しては言論で対抗すべきであり、学問の場に公権力が踏み込むべきでないのは、近代民主主義の基本原理ではないでしょうか。なぜなら学問や言論の活発な展開こそ、健全な世論の形成に大事な材料を提供し、社会に滋養を与えるものだからです。 韓国は、政治行動だけでなく学問や言論が力によって厳しく統制された独裁の時代をくぐり抜け、自力で民主化を成し遂げ、定着させた稀有の国です。私たちはそうした韓国社会の力に深い敬意を抱いてきました。しかし、いま、韓国の憲法が明記している「言論・出版の自由」や「学問・芸術の自由」が侵されつつあるのを憂慮せざるをえません。また、日韓両国がようやく慰安婦問題をめぐる解決の糸口を見出そうとしているとき、この起訴が両国民の感情を不必要に刺激しあい、問題の打開を阻害する要因となることも危ぶまれます。 今回の起訴をきっかけにして、韓国の健全な世論がふたたび動き出すことを、強く期待したいと思います。日本の民主主義もいま多くの問題にさらされていますが、日韓の市民社会が共鳴し合うことによって、お互いの民主主義、そして自由な議論を尊重する空気を永久に持続させることを願ってやみません。 今回の起訴に対しては、民主主義の常識と良識に恥じない裁判所の判断を強く求めるとともに、両国の言論空間における議論の活発化を切に望むものです。 2015年11月26日 賛同人: 浅野豊美、蘭信三、石川好、入江昭、岩崎稔、上野千鶴子、大河原昭夫、大沼保昭、大江健三郎、ウイリアム・グライムス、小倉紀蔵、小此木政夫、アンドルー・ゴードン、加藤千香子、加納実紀代、川村湊、木宮正史、栗栖薫子、グレゴリー・クラーク、河野洋平、古城佳子、小針進、小森陽一、酒井直樹、島田雅彦、千田有紀、添谷芳秀、高橋源一郎、竹内栄美子、田中明彦、茅野裕城子、津島佑子、東郷和彦、中川成美、中沢けい、中島岳志、成田龍一、西成彦、西川祐子、トマス・バーガー、波多野澄雄、馬場公彦、平井久志、藤井貞和、藤原帰一、星野智幸、村山富市、マイク・モチズキ、本橋哲也、安尾芳典、山田孝男、四方田犬彦、李相哲、若宮啓文(計54名、五十音順) |
そういえば、朝日・毎日新聞がノ・ムヒョン大統領を批判した時も戸惑っていましたね。
(中央日報 2006/04/26) 26日、日本の主要メディアは盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の前日の談話を一斉に批判した。読売など保守性向の新聞はもちろん、韓国に友好的な論調を見せてきた朝日・毎日も背を向けた。 朝日新聞は「原則一本やりの危うさ」と題した社説で、「(盧大統領が)怒りのボルテージを上げているうちに、収まりがつかなくなっているかのようだ」と指摘した。 社説は「盧大統領が自らの任期中は日韓の和解は無理だと言っているようにも響く」とし、「領土問題を正面にすえたのでは、日韓の関係はにっちもさっちもいかなくなる」と主張した。 同紙はまた「日本も領有権を主張する根拠を持っている。‘植民地支配の歴史を正当化するもの’とは別の話だ」とし、「盧大統領がそこを混同し誤解されては心外である」と指摘した。 同紙はまた、金大中(キム・デジュン)前大統領が最近のインタビューで「成功するには『書生的な問題意識』と『商人的な現実感覚』が必要だ」と述べたことを引用し、「(盧大統領が)自らの原則をそれこそ『書生的』に主張するだけでは、解決の糸口さえ見つけられない」と主張した。 毎日新聞も社説で「あまりに硬直的な姿勢」と批判した。 社説は「盧大統領は日韓の対立点について、すべて日本が間違っていると強調する」とし、「そこまで言うなら、なぜ国際司法裁判所への付託に同意しないのか」と反問した。 読売新聞は「自信があるなら国際司法裁へ」という社説で、「日本は過去2回、(独島問題を)国際司法裁に付託するよう提案したが、韓国は拒否した」とし、「日本政府は今後も、機会あるごとに国際司法裁への付託を提案すべきだ」と強調した。 社説はまた「盧大統領は先に‘国粋主義的傾向がある’と、小泉政権を非難した。だが、竹島(独島の日本名)の領有権を巡る日韓の応酬はもう半世紀以上続いている」とし、「これまでも“国粋主義”政権だったと言うのだろうか」と反論した。 日本主要メディアのある幹部は「国家元首が率先して外交の手足を縛ってしまえばどうするのか」とし、「(盧大統領の発言を)良い方向で理解しようとしたが、もはやこれ以上理解するのが難しくなったというのが、現在の日本メディアの雰囲気だ」と伝えた。 |
帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い
朴 裕河

