(釜山日報 韓国語 2017/11/01)

日本よ、真実な気持ちで韓国とつきあっているのか

慰安婦に関する記録物のユネスコ世界記憶遺産への登録保留は、日本の力が作用した暴挙の結果だ。日本はユネスコに出す分担金を適時に出さない、いわゆる『分担金カード』で慰安婦の世界記憶遺産登録を阻止したためだ。日本のユネスコ分担金は、最近脱退を宣言したアメリカ(22%)に続き2番目に多く、全体の10%程度を占める。先立って、去る2015年にも日本は中国が申請した『南京大虐殺の記録』が登録されると、“政治的利用”と反発してユネスコ分担金の支払い中断を検討すると威嚇した。また、日本外務省は、去る2015年にユネスコが提示した“当事者間の話し合い”条件を引っ張ってきて、事実上、慰安婦に関する記録物の登録を阻んだ。

これは日本のマスコミも否定しない。10月27日付けの日本の朝日新聞は、慰安婦記録物が登録保留されたことについて、〈政権幹部は「分担金支払い拒否も辞さないと発破をかけて、外務省に(登録阻止に向け)動くよう指示していた」と明かし、日本側の働きかけが反映された〉と報道した。また、今年6月、日本官房長官は「全力を傾けて慰安婦の世界記憶遺産への登録を阻止する」と宣戦布告をした(いつの発言か不明)。慰安婦の世界記憶遺産への登録阻止のために日本政府が直接出たことを示唆する内容だ。

日本政府のこのような行為は文化破壊行為であるヴァンダリズム(vandalism)と別段変わらない。これでユネスコの信頼度は地に落ちてしまった。結局、国際機構であるユネスコさえ力の論理、お金の力の前に屈服したためだ。

この渦中にそれなりに幸いなことは、韓日両国が共同で申請した朝鮮通信使が世界記憶遺産に登録されたという点だ。

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▲日本に国書を伝えて帰国の途についた通信使の行列を描いた『朝鮮通信使来朝図』

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▲今年5月、釜山市中区光復路で開かれた朝鮮通信使まつりのパレード


日本軍慰安婦が教える人権尊重の精神と朝鮮通信使の平和精神の2つとも、全人類の普遍的価値という点で、世界記憶遺産への登録資格は十分にあった。慰安婦と朝鮮通信使の記録物は、隣の両国が演出できる多様な姿の記録だ。そうした点で、歴史的な反省とともに未来に向けた共存という観点から、世界に大きな感動を与える可能性もあった。だが、日本政府は最後までこれを無視し、徹底的に自国の利益を計算して二分法で対応した。これで両国の感情の溝はさらに深くえぐられることになった。

このような日本政府は、両国の民間の努力を基に世界記憶遺産に登録された朝鮮通信使を通じて心から学ばなければならない。いや省察しなければならない。

昔も今も私たちが日本に望むことは、お互いに信じて(信)交流(通)することだ。これは朝鮮通信使の核心の精神だ。朝鮮通信使の『通信』という言葉がこれを語っている。
※「通信」語源:通い合って(通じて)信頼を深める(信(よしみ)を通わす)(ウィキペディア)

朝鮮通信使が行われた1607年から1811年までの200年間余りの韓日関係を、どうして『平和』という一つの単語でまとめて語れるだろうか。その期間、両国間には幾多の葛藤と緊張もきっとあっただろう。だが、そのような不安定の中でも、平和を持続できたのは、両国が“信頼の交流”という理想を維持しようとお互いに努力したからだ。

300年余り前、朝鮮との外交を担当した日本,対馬藩の儒学者・雨森芳洲(1668~1755)は「欺かず、争わず、真実をもって、誠信を尽くして朝鮮とつきあわなければならない」と話したのではないのか。実際、対馬歴史民俗資料館の前には今も『誠信之交隣』と彫られた彼の顕彰碑がある。これを通じてみるように、朝鮮と日本が究極的に望んだことは、お互いに信じて交流するということだった。そのため、朝鮮通信使は心を尽くして誠意と信頼で交流するという『誠信交隣』精神が実現した韓日外交の最高峰になることができた。
※互いに欺かず、争わず、真実を以って交わり候を誠信とは申し候(「交隣提醒」より。 雨森芳洲が第6代対馬藩主・宗義誠に提出した日朝交流意見書)

冷却の韓日関係、日本の妨害で慰安婦登録が保留された残念な状況の中で、誠信交隣の精神はおそらく今、さらに必要かもしれない。日本は雨森の「欺かず、争わず、真実をもって、誠信を尽くして朝鮮とつきあわなければならない」という言葉を胸で感じてもらいたい。

日本よ!誠信交隣の精神に戻れ。疎通と信頼の象徴だった朝鮮通信使の精神に。(機械翻訳 若干修正)