(聯合ニュース 韓国語 2017/12/15)
忠清南道天安市の国立『望郷の丘』に設置された韓国人に対する日帝の強制労働と朝鮮慰安婦問題に謝罪した内容が入れられた『謝罪碑』を『慰霊碑』に無断で交換した60代の日本人男性が韓国の法廷に立つ。


▲『謝罪碑』が『慰霊碑』に変わった姿

▲原状復旧中の姿
※参考:元の姿

日本人の謝罪碑
あなたは日本の侵略戦争のために徴用され強制連行されて
強制労働の屈辱と苦難の中で 家族を想い 望郷の念も空しく
貴い命を奪われました
私は徴用と強制連行を実行指揮した日本人の一人として
人道に反したその行為と精神を深く反省して
謹んで あなたに謝罪いたします
老齢の私は死後も あなたの霊の前に拝跪して
あなたの許しを請い続けます 合掌
1983年12月15日 元労務報国会徴用隊長 吉田清治
15日、大田地検天安支庁によれば、去る3月20日午後9時頃、天安市の国立『望郷の丘』内の無縁故墓地にある強制労働謝罪碑に慰霊碑と書かれた石版を重ね棄損した日本人A(69)を公用物損傷などの疑いで起訴した。
最初の裁判は来る21日午前、大田地方法院(地裁)天安支院で開かれる。
A氏は当時、犯行後、日本に帰国して去る6月24日、仁川空港を通じて自ら入国、韓国警察の調査を受けて出国が停止され、現在まで国内に留まっている。
A氏は韓国警察と検察の調査で「謝罪碑の内容が歴史的事実と違い、謝罪碑の名義者の息子の委任を受けて交換した」と述べて犯行事実を認めたという。
検察はまた、謝罪碑を慰霊碑に変えるように教唆した日本人B氏(68)に対してもA氏と共犯関係を適用し、公用物損傷教唆容疑で共に起訴した。
しかし、B氏は韓国に入国していない。当初から『謝罪碑』を設置した日本人の息子だと自任するB氏は、警察の調査の時から出席拒否の意思を明らかにしており、事実上、韓国で裁判を受ける可能性は薄い。
天安市国立『望郷の丘』に設置された謝罪碑は、太平洋戦争で朝鮮人を強制労働して、慰安婦動員任務を務めた日本人の吉田氏が1983年、韓国人の魂を慰労するために懺悔の意で建てた。
この碑は、政府が日帝に強制的に徴用されたり、慰安婦などとして連行されて日本など海外で怨霊になった同胞のうち、縁故がないこれらを祀っている『無縁故合葬墓地』内に唯一横になっている。
だが、この謝罪碑はハングルで〈慰霊碑 日本国 フクオカ県・ヨシダ ユウト(吉田雄兎)〉と書かれた慰霊碑に替えられた。
以後、天安市国立『望郷の丘』側は無断で交換された慰霊碑を撤去した。日本人の蛮行を知らせるために謝罪碑と撤去した慰霊碑に続き案内板を製作して一緒に一般人に公開している。(機械翻訳 若干修正)
2017年04月13日
2017年06月26日
2017年06月28日

だいたいあの時点で容易に想像できたことであり今後どうなっても自己責任でしょうね。
ヒトモドキに非人道的行為でも誘発させ、日本政府に強いリアクションを計算しての行為なら評価に値するけど。
故意にゆるゆるにした警備体制に乗じて逆恨みしたヒトモドキテロリストの強靭に倒れるとか。