スパイシーソウル

(朝日新聞 2006/09/18)


一見、平凡な屋台街ですが…


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 1番上の写真を見てください。韓国の市場などでよく見られるカウンター式の屋台街です。酒のつまみの豚肉や腸詰をスライスしたり、キムチ入りのギョウザを焼くアジュモニ(おばさん)の姿が見られます。



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 2番目の写真はこの屋台街を外から撮ったもの。この屋台街は実は橋の上にあるのです。もともと小川の両脇に市場があり、かつては石伝いに川を渡って市場から市場へ移動していたのですが、あまりに不便だということで1982年にようやく橋が架けられました。当初は露天商が橋の上で野菜や干し魚、軽食などを商っていましたが、それらがしだいに店舗の形を成し、やがて屋台街となっていったそうです。忠清北道・忠州(チュンジュ)の公設市場で観られます。



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 3番目の写真はこれまた何の変哲もない路地裏の長屋の風景です。手前左側には植木鉢、奥のほうにはキムチ漬け用の白菜を洗ったりするタライなどがありますね。黄色い服の少女の後ろ姿も見られます。韓国では山の斜面や丘にある庶民的な住宅街のことをタルドンネ(月の町)と呼びますが、この町は山や丘の上にあるわけでもないのに、やや月に近いところにあります。じつはこの町は3階建てのビルの屋上にあるのです。



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 4番目の写真がそのビルを地上から撮ったもの。釜山の凡川洞(ボンチョンドン)にある中央市場の建物です。1968年にこの市場ができたときに、商人たちが店の近くに住もうとして、ビルの屋上に家を建て始めたのがきっかけだそうです。当初は無許可住宅でしたが、80年代に権利関係が整備され、多いときで100世帯が住んでいました。この写真を撮ったのは今年の春。その時点ですでに再開発によるビル撤去が決まっていました。現在すでに住民は立ち退いていて、古びた家屋だけが屋上に残されています。この不思議な風景も今年か来年で見納めです。



鄭銀淑  チョン・ウンスク(JUNG EUN SOOK)1967年生まれ。世宗大学院修士課程修了後、日本に留学。訳書に 『宮廷女官 チャングムの誓いのすべて』、 『家庭で作れる「チャングム」の韓国宮廷料理』、 『コリアン・ダイエット』(光文社)。著書に『韓国の美味しい町』(光文社)、 『韓国の「昭和」を歩く』(祥伝社)、 『韓国料理用語辞典』(日本経済新聞社)、 『一気にわかる朝鮮半島』(池田書店)など。











>当初は無許可住宅でしたが、80年代に権利関係が整備され

前半の屋台もそうですが、元々なんの権利も無いところに勝手に住んだり、店を出したりして、権利者に注意されると「居住権ニダ」とか「営業権ニダ」とファビョって権利を主張したんですね。



日本ではこれに、“差別”と“強制連行”のトッピングがつきます。








コリアン部落

上原 善広



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