(中央日報 2009/04/10)
現在新庁舎の建築で工事中のソウル市庁の建物は日本の「本」という字、現在は取り壊された中央庁(旧朝鮮総督府庁舎)の建物は「日」という字、青瓦台(チョンワデ、大統領府)の前身である景武台(キョンムデ)は「大」という字をデザインしている、という主張がある。 日本が韓半島の心臓部に「大日本」という字を刻み込んだということだ。
今回、日本が釜山(プサン)にも建築物で「大日本」という字を刻んだ、という主張が提起された。
1944年で1945年の間、米海軍省が情報把握のために1万フィート上空から撮影した釜山市街地の航空写真を、済州(チェジュ)大が米国人学者を通して入手した。
10日午後7時30分、KBS(韓国放送公社)釜山総局HD放送開局特集として制作された番組「航空記録60年釜山を飛ぶ」で、こうした事実が初めて公開される予定だ。
航空写真をよると、竜頭山(ヨンドゥサン)から市内を眺めると、旧釜山矯導所(現西区大新洞三益アパート)に「大」の字が、慶南道庁(現東亜大博物館)には「日」の字、釜山府庁(現釜山ロッテワールドの敷地)には「本」の字がそれぞれ表れるように建物がデザインされていることが確認できる。
専門家らは、日本が植民統治をしながら、いわゆる「風水侵略」を試みた事実が航空写真で確認された、と分析している。
この↓写真のようですね。

ちなみにソウルのはこれ↓。
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早速、『2ちゃんねる』にこんな↓書き込みが……。韓国併合は、1910年(明治43年)



</font><a href="http://busan.nekonote.jp/korea/old/fukei/index.html"><font size="2">http://busan.nekonote.jp/korea/old/fukei/index.html</font></a>
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<font size="2">大 ⇒ 釜山刑務所
※明治29年(1896)釜山守備隊の駐屯兼錬兵場として当初は開発されました。
明治42年(1909)に刑務所になりました。</font>
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<font size="2">日 ⇒ 慶南道庁(現東亜大博物館)
※この建物は最初は 釜山府立病院として建築されましたが(大正12年)道庁が釜山に来る事が決まり急遽 道庁の庁舎に当てたのです。</font>
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<font size="2">本 ⇒旧釜山府庁
釜山府の人口が増えて狭くなった龍頭山の場所から龍尾山を削ってできた新しい場所に
昭和11年(1936)新築移転しました。</font>
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