【見る探る】「表現の不自由展・その後」物議の実態は 「常温」の少女像、触れてみた
(毎日新聞 2019/10/25)

 脅迫や抗議によって中止に追い込まれた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が8日、再開された(14日に閉幕)。元従軍慰安婦を題材にした「平和の少女像」や、昭和天皇の肖像が燃える場面がある映像など、激しい論争を呼んだ展示作品は一体どんなものなのか。再開の現場では何が起きていたのか。じかに確かめたくて、東京から名古屋市の会場に足を運んだ。【江畑佳明】

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▲「表現の不自由展・その後」に展示された「平和の少女像」=名古屋市の愛知芸術文化センターで7月、大西岳彦撮影


 9日午後3時10分、会場の愛知芸術文化センター10階。モニターに映し出された当選番号に自分の番号を見つけ、ガッツポーズをしそうになった。

 抽選の列に並んだのは8日以降、これが5回目だった。8日の2回の抽選には計1358人が殺到し、倍率は約22・6倍に上った。翌9日、記者はこの日最後の3回目の抽選で、最終回のツアーに滑り込んだ。

 会場に着いたのは8日午前。「表現の自由を守れ」という大声が聞こえる。会場前で「暴力で表現の自由を封殺するな」という横断幕を手に、市民ら10人ほどが声を上げていた。

 10階の国際芸術祭入り口に行ってみた。多くの来場者でにぎわっている。シートに腰掛けていた男性(42)に話しかけた。愛知県内から来たといい、「河村たかし(名古屋)市長の意見に賛成。昭和天皇の御真影を焼くのは失礼極まりない。表現の自由は無限ではない」と少々お怒りの様子だ。

 男性が「焼く」と言っているのは、美術家の大浦信行さんが出展した映像作品「遠近を抱えて PartⅡ」のことだ。昭和天皇のコラージュを含む版画「遠近を抱えて」が燃やされる場面がある。大浦さんはこれまで、毎日新聞などの取材に「天皇制を批判する意図は全くない。僕自身や日本人の中にある『内なる天皇』を昇華させていくことを表現した」と説明している。

 外では30人ほどのグループが再開に抗議する集会を開いていた。河村市長も座り込みに加わり、「陛下への侮辱を許すのか!」と書かれたプラカードを手に何度も拳を突き上げていた。

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▲「表現の不自由展・その後」の再開に反対し、座り込みで抗議する名古屋市の河村たかし市長=名古屋市で8日、江畑佳明撮影

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▲再開を支持しアピールする市民団体のメンバー=名古屋市で8日、江畑佳明撮影


 翌9日。会場近くで、一人で再開反対を訴えている男性がいた。大阪府の会社員、小林宏助さん(29)。今回の件で何が一番問題だと思うか尋ねた。

 「昭和天皇の御真影が燃やされているところですね」と主張した。

 「昭和天皇への気持ちが強いのですか」と質問すると、こう答えた。

 「そうですね。天皇陛下イコール日本と考えているので、日本人が嫌がらせを受けたのと同じだと思います。展覧会を開きたいなら自腹でやればいいし、補助金を受けたいのであれば、文句の出ない範囲でやるべきだと思います」

 受付では、スタッフが当選番号を碓認したうえ、身分証と入場券の提示、同意書へのサインを求めた。

 同意書の中身は、撮影した写真や動画を会期中はSNSに投稿しない▽大浦さんの映像作品は写真も動画も撮影しない―などの5項目。金属探知機でボディーチェックも受けた。

不寛容社会映す

 展示室へ入り、まずは「平和の少女像」に進んだ。椅子に座って正面を見ている、高さ1・36メートルのおかっぱの少女と向き会う。河村市長が「日本人の心をふみにじる」、松井一郎・大阪市長が「我々の先祖をけだもののように扱う」と非難した作品だ。

 「ぜひ座ってください」。声をかけてくれたのは、「不自由展」の実行委員で武蔵大教授の永田浩三さん。

 さらに「よろしければ触れてみてください」と永田さん。戸惑いつつ、像の固く握った拳に手をやった。「あ、冷たくない」と少し驚いた。冷たいものだと勝手に思っていたが、常温でなじみのある質感。しかも柔らかさもある。永田さんによると、樹脂でできているからだという。もし銅像だったら、もっとひんやりしただろうし、感じ方は違ったはずだ。なんだか像を身近に感じられた。

 勝手な解釈かもしれないが、「戦争や性暴力の被害について考えてほしい」という作家の思いが伝わってきた。大村秀章・愛知県知事は当初、少女像そのものではなくパネルでの展示を提案していたというが、パネルと実物では感じ方に大きな違いがあるはずだ。

 最後の20分、大浦さんの映像作品がモニターに映し出された。映像は昭和天皇の顔が描かれた紙が燃える場面で始まる。先ほど会った小林さんのように、天皇への思いが強い人たちにとっては不快になるというのはわかる気がする。

 終盤、紙が全て燃え、燃えかすが靴でかき消される。批判の多くは、おそらくこの場面を指して「天皇陛下の写真を燃やして踏みつける」と訴えているのだろう。だが記者には、残り火が燃え広がらないようにしているようにも受け取れた。たばこの火を足で消すような「踏みつける」動作には見えなかったからだ。

 ツアーは40分間で、これも「不自由」なところ。正直、もっと自由にゆっくり味わいたかった。

 他の入場者は何を感じたのだろう。8日に鑑賞した愛知県の自営業男性(33)は「『鑑賞した人がどう考えるか』という問題提起をした点は評価していいと思う」と語った。

 展示室を出ると、来場者からの寄せ書きが張られた間仕切りがあった。寄せ書きには、来場者が自身の「不自由さ」をつづっていた。

 「自分がLGBT(性的少数者)だということ。普通の結婚がしたかった」

 「私は在日韓国・朝鮮人ではない。1人の人間だ。1人の人間としてもこの国は息苦しい」

 「父親がネトウヨになってしまった……」

 誰しも、何らかの不自由さや生きづらさを抱えているのではないだろうか。その不自由さを表現したいと思ったとき、方法は人それぞれだろう。「不自由展」のアーティストたちは、芸術作品を選んだのだと思う。そういう人たちが表現する場を担保するのは、行政に期待されている役割だと思い至った。

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