(統一日報 2009/08/19)
金大中元大統領は「享年85歳」でなく86歳。故人は1923年1月生れだ。
趙甲済
金大中元大統領の他界を報道した韓国のほぼ全メディアが、「享年85歳」と誤報をした。 85歳なら1924年生まれという話だが、金大中元大統領は大統領候補だった1997年秋の寛勲クラブ招請討論会で、質問に出た私に「私は1923年1月生れ」と言った。速記録を紹介する。
<趙甲済:朝鮮日報の趙甲済です。生まれた年が正確に1925年ですか、23年ですか?
金大中:私が生れたのはですね、1923年1月です。だが、陰暦では12月です。ところが、戸籍は1925年12月になっています。
なぜそうなったのかと言うと、日帝時代に徴兵制度が施行され、韓国人も軍へ連れて行かれました。ところで23年をそのまま置くと、日本兵隊1期に入りましたよ。ところが1925年12月にしておけば、2期が遅れ、11月末までが行くから、3期になりましたよ。それで父が、その時は多くの人々が... 私は戸籍が間違って、(実際の)年齢はもっと多いです。こうして逃れようとしたら、父が、坊や、日本人たちが逃れを容認するはずがない。志願兵は30歳でも入れるではないか。だから、お前はむしろ歳を減らして、2期ほど遅れるようにすれば、その間に戦争が終わることもあり得るではないか。このように判断しましたよ。それで年齢を減らす方向に戸籍申請をしたところ、幸いに私だけが通過しました。
それで1期は皆軍隊へ行き、2期も一部が行って、私は行きませんでした。それで生年月日がこのようになっています。>
金大中氏は、1980年5月29日、戒厳司令部の合同捜査本部で調査を受ける時書いた自筆陳述書の中で、誕生日を1925年生まれと書いた。住民証番号も1925年生まれを示している。戸籍に基づいた誕生日だ。
<答:姓名は金大中、年齢は55歳(1925年12月3日生)、原籍は全南新安郡荷衣面大里231、本籍はソウル市麻浦区東橋洞31-1、住所はソウル麻浦区東橋洞178-1、職業は無職、住民登録番号は251203-XXXXXXXです。>
ところが、今日メディアが一斉に1924年生まれであることを前提に85歳と報道したのは根拠が希薄だ。遺族たちがそう発表したのを書いたものでも誤報だ。食違いの時は、側近より本人の話を基準にせねばならない。出生地の住民たちの証言も1923年生れを裏付ける。
joins.comは<1926年全羅南道新安郡荷衣島で生まれた金前大統領は、1961年5月13日34歳で民議員(5代)に当選して政界に入門したが、3日目に「5.16(軍事革命)」が起きて、議員宣誓もやれず、議員職を返却した。>と1926年説を提起した。
1923年説、1924年説、1925年説、1926年説の四つがあるわけだが、12年前の故人の肉声吐露を信じるしかない。彼は1923年生まれで今年満86歳だった。
「年齢なんてケンチャナニダ♪」


この人達って...
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