(読売新聞 2020/12/16)
領土問題などを研究する「日本国際問題研究所」(東京)は、米政府が1997年までに作製し、竹島を日本領とした航空図計9点を発見したと発表した。研究所は、52年にサンフランシスコ講和条約が発効した直後の同様の航空図もすでに確認しており、調査した専門家は「米国の認識が変わらないことを示す貴重な資料だ」としている。(林興希)
研究所の委託を受け、島根大法文学部の舩杉力修准教授(歴史地理学)が調査した。研究所は今年10月、53、54年に米政府作製の航空図2点を見つけたと発表。2点の航空図では、竹島と、韓国・鬱陵島ウルルンドの間に点線が引かれ、地図の凡例で「国境線」「島の主権の境界線」などと記されていた。
この2点の航空図について、舩杉准教授は、条約発効直後に作製された点などに着目し、「条約の起草国である米国の立場を示している」と位置づけた。


発表を受け、韓国メディアは反論する立場の韓国空軍関係者や同政府当局者の談話を報道。報道では、点線について「方向を区分したもので、国境線ではない」などと主張し、領有権の根拠にはならないとした。
こうした報道を受け、舩杉准教授らは米国製の地図を改めて分析。竹島を日本領と記した別の航空図計9点の公表に踏み切った。
9点はいずれも、米空軍や米国防総省が作製した縮尺200万分の1の航空図。50年代の4点、60年代の1点、70年代の2点の計7点では、前回発表された2点と同じように、竹島と鬱陵島の間の海域に点線がある。
さらに、85年、97年の2点では、海域の点線は記載されていなかったが、竹島に括弧書きで「JAPAN」と併記された。鬱陵島には「SOUTH KOREA」と添えられており、舩杉准教授らは国境線を点線で記す方法から、島の主権を直接表記する方法に変更されたとみている。
一方、発見した9点のうち60年代以降に作製された5点では、凡例に「境界線の表記は必ずしも権威あるものではない」とする注記も添えられていた。米政府が日韓の領土問題に関与しないという立場を反映したものとみられる。50年代の4点に注記はなかった。
舩杉准教授は「点線が国境線を意味するということは、島に直接主権が表記されている点からしても明らかだ。韓国の主張を否定する重要な根拠になる」としている。
発見された航空図9点のうち、7点の複製版は、今月11日から県竹島資料室で展示されている。
| 「竹島は日本領」米政府作製の航空図に明記…サンフランシスコ講和条約を反映 (読売新聞 2020/11/02) 領土問題などの研究を行う「日本国際問題研究所」(東京)は、1953年、54年に米政府が作製した竹島を日本領と記した航空図2点を発見したと発表した。航空図は52年のサンフランシスコ講和条約の発効直後に作製されており、調査した島根大法文学部の舩杉力修(ふなすぎりきのぶ)准教授(歴史地理学)は「条約を起草した米国の認識を示す重要な資料だ」としている。(林興希) 委託を受けた調査会社が2019年度、米国立公文書館で調査。約100点を舩杉准教授が分析した。 見つかったのは、53年発行の縮尺50万分の1の航空図と、54年発行の同200万分の1の航空図。いずれも米空軍作製で、防空識別圏(ADIZ)を示す線とは別に、竹島の欧米などでの名称「リアンクール岩礁」と、韓国・鬱陵島ウルルンドの間に点線が引かれている。 航空図に付された凡例などは点線について、53年作製は「国境線」、54年作製では「島の主権の境界線」としている。同講和条約の発効前に作製された50、51年の航空図では、線は記されていなかった。日本の領土が法的に確定していなかったことが理由とみられる。 日本が放棄する領土は、同講和条約で確定した。交渉では、韓国が起草国の米国に対し、竹島の帰属を明記するよう求めたが認められず、日本が放棄する領土には含まれなかった。ただ韓国側は「竹島に領土問題は存在しない」とする一方、「鬱陵島の属島であり、韓国領だ」と主張している。 舩杉准教授によると、同講話条約の締結直後に竹島を日本領とした米国製の地図が見つかるのは初めて。舩杉准教授は「講和条約の前後で表記が変化していることからも、新たに見つかった航空図は、条約の内容を反映していると考えられる。条約起草国の米国の地理的認識も示しており、韓国の主張を否定する重要な根拠になる」と述べた。 航空図の複製版は、島根県庁第3分庁舎の竹島資料室で展示されている。 |
韓国がどんな主張をするのか楽しみですね。


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