(京都新聞 2021/08/31)

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▲ウトロ地区の火災現場を調べる消防関係者ら(31日午前10時10分、宇治市伊勢田町)

 京都府宇治市伊勢田町ウトロ地区で空き家など7棟が焼けた30日の火災で、太平洋戦争中に計画された京都飛行場建設に携わった朝鮮人労働者や子孫らの歴史を紹介するため、来年4月に同地区にできる「ウトロ平和祈念館」の展示予定品の一部が燃えたことが31日、分かった。関係者によると、2014年に韓国の珍島沖で発生した旅客船セウォル号沈没で生き残った学生が寄せた連帯メッセージの立て看板も含まれていた。

 セウォル号沈没事故で、当時高校生だった生存者約20人は18年に同地区で3日間滞在。心に傷を負い、生きる意味を探す旅の一環で、同地区に多く暮らす在日コリアンらと交流を深めた。立て看板は滞在中に作製し、ハングルと日本語で、友人らを失った自分たちの思いと、ウトロが歩んできた苦難の歴史を重ねるような詩を書き、チョウや植物の絵も描いていた。

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▲セウォル号沈没事故の生存者らが制作し、30日の火災で焼失した立て看板=ウトロ町内会提供

 ウトロ町内会の役員、金秀煥(キムスファン)さん(45)は「ウトロは住民と支援者が協力してきた歴史があり、その一部が燃えてしまったのが悔しい」と肩を落とす。

 展示予定品約70点のうち燃えたのは、同地区に残る食器棚など古い生活道具を含めて約10点で、焼けた空き家の1棟で保管していた。同地区で唯一残る戦時中の労働者宿舎「飯場(はんば)」も祈念館に移設・復元する予定で、解体した部材を火災現場近くで保管していたが、かろうじて焼失を免れた。


(共同通信 2021/08/31)

 在日コリアンらでつくる一般財団法人「ウトロ民間基金財団」(京都府宇治市)は31日、同市の「ウトロ地区」で30日に火災があり、来年4月に同地区で開館する平和祈念館に展示する予定だった歴史資料約50点が焼失したと明らかにした。

 現場は、太平洋戦争中に飛行場を建設するため朝鮮半島から集められた労働者とその子孫が暮らしてきた地域。

 財団の金秀煥理事(45)によると30日午後4時ごろ、空き家から出火。資料を保管していた倉庫や民家など6軒に延焼した。

 焼失した資料は戦前労働者たちが使用した生活道具や、2000年代の土地立ち退き闘争時に住民が作った抗議の立て看板など。


(読売テレビ 2021/08/31)

 30日、京都府宇治市のウトロ地区で民家などが燃えた火事で、平和祈念館に展示する予定だった資料などが燃えていたことが分かった。

 地域の歴史を伝える資料を失い、住民の間で悲しみが広がっている。

 住民「早く逃げてくれ。おやじさん危ないで」

 30日午後4時半頃、宇治市伊勢田町のウトロ地区の空き家から出火し、またたく間に周辺の民家や倉庫など6軒に燃え広がった。

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 住民は「もう一瞬ですごかった。5分もしないうちに火柱が屋根より高くあがっていたし」

 ケガ人はいなかったが、この火事で地域の「歴史を伝える」大切なものを失った。

 「ウトロ地区」には太平洋戦争中、飛行場を建設するため朝鮮半島から集められた労働者とその子孫らが暮らしている。

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 戦後、この地に住み続けた住民は強制退去を命じられ、「朝鮮人の不法占拠地」と言われた時もあった。

 その歴史を後世に語り継ぎ、日本と韓国の理解と交流を深めるための「祈念館」が来年4月に完成する予定だった。

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 しかし…

 木村智子記者「火事で燃えた倉庫には祈念館に展示予定の生活雑貨などが保管されていたということです」

 このほかにも、住民の思いが込められた大切な看板も失われた。

 平和祈念館の創設に携わるウトロ町内会の金秀煥さんは「立ち退きを迫られたときに『立ち退き反対』という住民たちの意思、支援者たちの意思を掲げたものだった。時代ごとの住民たち、支援者たちの気持ちが込められた看板でした」と話した。

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 時代の移り変わりを映す看板は跡形もなく燃えてしまった。

 金秀煥さん「大変なことがたくさんあったが、乗り越えてきた心の支え、(大切な)ものだったので、とても残念に思っています」。

 警察と消防は空き家からなぜ火が出たのか原因を調べている。