チョン・ビョングク文化部長官の「日本ドラマ受け入れる時が来た」発言その後…
(東亜日報 韓国語 2011/02/25)
‘韓流vs日流’対決くるか
鄭柄国(チョン・ビョングク)文化体育観光部長官は23日、「もう日本のドラマを受け入れる時が来た」と述べ、日本の大衆文化の追加開放を推進することを示唆した。
文化部は翌日の24日、「長官が普段の所信を話したことで、実務的に検討しているわけではない」とし、すぐ鎮火に乗り出したが、鄭長官の発言を契機に、04年1月第4次開放以後中断された日本大衆文化の追加開放をめぐる議論が、活発になるものと見られる。
鄭長官は24日午後ソウル、中区(チュング)、筆洞(ピルトン)、韓国蟻集で就任1ヶ月をむかえて記者懇談会を持って「10年余り前日本文化開放措置を取る時日本に文化的に従属するのにならないかとの恐れがあったが予想とは別に日本国内韓流拡散で現れた」として「しかも今は私たちが色々な面で文化的に優位にある」としてこのように話した。
鄭長官の同日の発言は、最近、日本で韓国の歌謡とドラマが韓流ブームを起こし、今は門戸を開放しても「文化蚕食」が起きないという自信を示したものと受け止められる。実際、韓国ドラマの「冬のソナタ」「宮廷女官チャングムの誓い」「アイリス」などが、日本の中長年層を中心に韓流ブームを起こし、「東方神起」「少女時代」などアイドルグループがバトンを受け継ぎ、韓流コンテンツの消費層を10、20代へ広げてきた。
日本大衆文化の開放は、これまで4回にわたり、段階的に進められてきた。
1998年10月、1次開放時は世界4大映画祭(カンヌ、ベルリン、ベニス、アカデミー)受賞作や日本語版出版漫画と漫画雑誌が入ってきた。
1999年9月2次開放時に、世界70あまりの映画祭の受賞作と2000席以下の室内大衆歌謡の公演が開放対象になった。
2000年6月3次開放で「18歳以上観覧可」を除いたほとんど全ての映画やスポーツ、ドキュメンタリー放送番組が国内に入った。
2004年1月には、4次で全ての映画と日本語で歌ったアルバムの流入が許容された。
以来、順風に乗っていた日本文化開放は、2005年に日本の扶桑社版歴史教科書の改訂版の輪郭が明らかにされ、韓日関係が悪化して中断された。
現在の日本大衆文化の制限現況を見ると、
ドラマの場合△KBS、MBCなど地上波放送で韓日合作品以外のドラマを放映できない△ケーブルや衛星放送では‘15才以上視聴可’等級を送りだすことはできない。
芸能番組は放送が全面不可で、
大衆歌謡の場合、地上波放送では日本語で歌ったミュージックビデオを送りだすことはできない。
鄭長官の発言に対し、文化界の反応は1~3次開放の時より落ち着いた雰囲気だ。
CJメディアのソン・チャンウィ製作本部長は、「10~20年前は、日本のドラマや教養番組を引き写すほど日本文化への依存度が高かったが、今は違う。韓国の番組の競争力と自生力が十分強いため、あまり心配しない」と話した。
イ・ムンウォン大衆文化評論家は、「日本のドラマは20~35歳の女性に合わせたトレンディドラマが主流を成すが、我々の情緒とは合わず、力動性も落ちる。日本の歌謡は高くなった韓国大衆の目線に合わせるには物足りない部分がある」と評した。
しかし、日本大衆文化の追加開放が、朝鮮王朝儀軌を含む日本の不法搬出文書返還とかみあって慎重に進行されなければならない、という指摘も出ている。(日本語版+機械翻訳 若干修正)
青字は韓国版のみにあり、日本語版では削られている箇所です。
さすがに、ここまで“韓流”を押し付けながら、韓国では地上波でドラマも歌も流せないなんて言えなかったんですね。
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