(聯合ニュース 2016/06/14)

 韓国・誠信女子大の徐ギョン徳(ソ・ギョンドク)教授が14日、日本による植民地時代に強制徴用された朝鮮半島出身者とその子孫が暮らすウトロ地区(京都府宇治市)への歴史記念館建設に対する協力を呼びかけた。

 ウトロ地区は戦時中に飛行場建設のため徴用された労働者らが暮らし始めたエリア。

 徐氏は今月末に同地区の建物が撤去されることに言及し、「住民を少しでも慰め、強制徴用された朝鮮半島出身者がどう生きてきたかを後世に伝える道は、歴史館を立てることだ」と訴えた。また、「日本政府と長崎市が端島炭坑(軍艦島、長崎市)を美化する広報を始めた。日本が強制徴用の歴史の痕跡を消そうとするのに対抗する意味でも、ウトロの歴史記念館の建設は象徴性がある」と述べた。

 韓国の放送局MBCのバラエティー番組は昨年徐氏と共に、朝鮮人の強制徴用があった端島炭坑と高島炭鉱(長崎市)、ウトロ地区を紹介し、反響を呼んだ。徐氏はこの時、高島の供養塔に続く道を整備するために募金を提案。インターネットを通じた「クラウドファンディング」で集まった1800万ウォン(約163万円)のうち半分が供養塔の道の整備に用いられた。残りは先週、徐氏がウトロ地区の同胞生活センターに届けた。

 歴史記念館建設計画の概要は年内にまとまる見通しだ。徐氏は計画と費用が確定すれば国民にあらためて募金を呼びかける考えだ。


ちゃんとしたこと↓を伝えないとね。

(朝鮮日報 2007/09/21) 
(略)
◆住民たちはどのようにしてウトロへ来たのか

 ウトロを強制徴用と関係付ける見方が多い。日本政府による徴用令により1941年から始まった韓国人強制労働の犠牲者、またはその子孫だというのだ。ウトロ地区の形成は、戦時中に軍の飛行場建設労働者たちが不毛の地だったこの地域に仮住まいを始めたことがきっかけだった。飛行場の建設が始まったのは1941年。こうして強制徴用とウトロを関連付ける先入観が生じた。

 しかし、この地で働いていた韓国人労働者1300人は、当時の徴用令により連れて来られたわけではない。

 ウトロ国際対策会議ホームページには「いくつかの誤解について明らかにする。(ウトロ地区の韓国人労働者たちは)銃剣による直接の武力により移住したわけではなかったとしても、故郷で生活ができなくなった植民地の国民が、経済的問題などさまざまな理由により、自らの思いとは関係なく植民地宗主国へと移住したケース」と説明している。

 韓国の国務総理傘下「日帝強占下での強制動員被害者の真相究明委員会」も昨年末の報告書で、「強制徴用者ではなく、日本に居住していた朝鮮人がほとんど」と明らかにした。1930年代末、さまざまな理由で植民地朝鮮の経済的貧困を避けるために日本に渡った人たちだったということだ。

 もちろん昨年12月に死亡したウトロ地区住民のチェ・ジョンギュさんのように、本来は日本の他の地域の炭鉱に強制徴用され、後日ウトロへと移住した住民もいる。しかし「徴用かどうか」は、ウトロの歴史的な意味を強調しようとして事実関係を明らかにしてこなかった韓国のマスコミの過ちであり、本質的な問題ではない。ウトロ地区の住民たちは日本による植民地政策の被害者であり、最後まで韓国の国籍を放棄しなかった韓国人であるという事実は変わっていない。


◆ウトロ地区問題はなぜ起こったのか

 ウトロ地区が国有地だったなら早期に解決していたという意見もある。国有地ならば、どのような形であれ長期間居住していれば住民に居住権を認めるケースが多かったからだ。しかし、ウトロは名目上軍の飛行場建設を引き受けた日本国際航空工業(国営企業)の所有地だった。戦後に軍の飛行場建設が中断した後も、ウトロ地区は企業所有のままだった。

 その後ウトロ地区は多くの曲折を経た。戦後、軍需企業からバスやトラックを製造する自動車会社へと変わった日本国際航空工業は1962年に日産車体と合併し、ウトロ地区も日産の所有となった。日産車体は、韓国でも自動車を販売している日産自動車系列だ。

 その後、ウトロ地区は個人所有を経て1987年、西日本殖産という不動産会社に転売され今日に至っている。現在、ウトロ地区の住民と土地売却交渉を行っているのは西日本殖産だ。

 しかし、この過程で恥ずべきことが起こった。

 日産車体からウトロ地区の土地を買い取って西日本殖産に転売した個人とは、ウトロに住む在日韓国人、A氏だったのだ。売却金は3億円。A氏=許昌九(通名:平山桝夫) 

  A氏に資金を融資したのも在日韓国人団体である在日本大韓民国民団(民団)」の幹部B氏であり、そのB氏がウトロ地区を買い取るために急きょ設立したのが西日本殖産だった。B氏=河炳旭

 A氏は日産からウトロ地区の土地を買い入れた直後、「土地を4億円で買い取った」と主張し、西日本殖産(B氏)から4億4500万円を受け取り転売した。このように同胞をだまして巨額を手にしたA氏は夜逃げし、B氏もまた西日本殖産を1988年に日本の企業に売却、ウトロから手を引いた。当時B氏がいくらで西日本殖産(ウトロ地区)を売ったのかは明らかではない。

 また別の同胞もいる。2004年、ウトロ地区の所有権は一時西日本殖産から井上正美という個人に移った。井上氏は05年5月、韓国のマスコミとのインタビューで自らを在日3世と主張し、韓国政府にウトロ地区を5億5000万円で買い取るよう要求、韓国政府による買い上げ論議に火をつけた人物だ。当時の潘基文(パン・ギムン)外交通商部長官が国会で政府による支援について言及したのもその年の11月だった。

 しかし日本の裁判所は06年9月、井上氏の所有権は無効との最終的な判決を下した。契約額が社会通念に比べて非常に低額という事実を理由に、売買契約は西日本殖産職員による職権乱用にあたるとの判決を下したのだ。契約額は明らかではないが、当時の日本の新聞を調べると2000万円だったとの記事がある。井上氏は後日、ウトロ地区の土地売買で暴力行為を行ったとして日本の警察に逮捕された。(略)

記事全文→京都の『ウトロ問題』では、在日が在日を騙す恥ずべきことが起きていたニダ!


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日本で遊んでばかりいないで韓国内でちゃんと働かないとね↓。

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