(聯合ニュース 韓国語 2016/11/03)

独島と近い距離にあり、日帝強占期に『アシカ漁』で悪名を駆せた島根県隠岐の島の独島歪曲が深刻な水準に達したことが分かった。

先月、隠岐の島久見村(島根県隠岐郡隠岐の島町久見)を訪問したソ・ギョンドク(徐敬徳)誠信女子大教授は3日、「日本は隠岐の島を独島侵奪野心の根拠地として、島全体をすべて『独島歪曲展示場』にしている」と明らかにした。

ソ教授によれば、独島歪曲は『久見竹島歴史館』を中心に行われている。この歴史館は日帝強占期に独島漁業の中心地であった漁村久見村に設立され、去る6月に開館した。

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ソ教授は「歴史館は操業当時の漁具や海図など関連写真とともに、近くの『隠岐郷土館』に保管されていた資料まで一ヶ所に集めて展示している」とし「資料閲覧コーナーと教育場と交流室も備えた、結構大きな展示館」と説明した。

彼は「歴史館案内員に『ここでは主にどんなことをするのか』と聞いたところ『日本の独島領有権を立証する住民たちの証言と資料を収集している』と答えた」と伝えた。

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▲隠岐の島に新たに開館した『久見竹島歴史館』の内部の様子


隠岐の島西郷港には〈竹島は今も昔も隠岐の島〉と書かれた看板が立っており、久見港には〈竹島かえれ〉という広告看板を堂々と設置している。

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▲〈竹島は今も昔も隠岐の島〉と書かれた立看板

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▲久見港に設置された〈竹島かえれ〉広告看板

隠岐の島をひと目で見ることができる地図とすべての観光地の案内板・案内書は一様に「竹島は日本の領土」と主張する。

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▲地図案内板左側上段に表記した『竹島』


ソ教授は「島には歴史館を知らせる立看板、垂れ幕、広告看板、ステッカーが飛び交い、さらにマンホールのふたまで独島を日本の領土と広報している」とし「独島歪曲が非常に深刻だった」と述べた。

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隠岐の島は独島アシカ漁を通じて繁栄した所で、絵本『メチ(アシカ)のいた島』の著者である杉原由美子氏もこの島で小学校教師として勤めていた。

ソ教授は、島根県と隠岐の島の独島歪曲現場を写真と映像で撮り、これを活用して日本の独島歪曲を一つ一つ反論する『独島ニュース-3』を製作してユーチューブに公開する予定だ。(機械翻訳 若干修正)


(毎日新聞 2016/06/09)

 かつて竹島での漁業の基地として栄えた隠岐の島町の久見地区に、資料収集施設「久見竹島歴史館」が1日、オープンした。歴史館は、竹島に関する証言や資料を集めるのが目的。地元住民らは「施設をきっかけに、多くの人に竹島問題に関心を持ってもらえれば」と期待を寄せている。

 歴史館は、木造平屋170平方メートル。竹島でのアシカ漁業やリン鉱石採掘に関するパネルなどを展示している。小中学生向けの学習や観光施設としての活用も目指す。

 町は長年、竹島問題の啓発施設を町内に設けるよう国に求めてきた。しかし、計画は進まず、町が4400万円を投じて建設した。松田和久町長は「啓発施設は国が作るべきだ」と、歴史館はあえて資料収集施設と位置付けている。

 5月29日には、施設完成の記念式典があり、町関係者ら約60人が参加した。テープカットや餅まきなどをして完成を祝った。来賓として出席した内閣府の酒井庸行政務官は、施設建設への国の方針について「政府としてしっかりと受け止めていく」と述べるにとどめた。

 かつて、竹島で漁業をしていた人は既に亡くなり、その子孫たちも高齢化が進む。竹島漁労の中心人物だった石橋松太郎さんの孫、佐々木恂さん(83)は祖父の遺影を手に式典に臨んだ。佐々木さんは「おじいさんは、竹島を水産資源が豊富で宝の島だと言っていた。きっと完成を喜んでいると思う」と話した。【長宗拓弥】


2014年07月29日
2015年01月04日
島根県隠岐産 藻塩米 特別栽培米 平成28年産
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