(朝日新聞 2018/12/27)

 台頭する中国を念頭に、護衛艦の空母化などを盛り込んだ防衛大綱。来年度の防衛予算も過去最大を更新する。一方、連日のように尖閣諸島に接近してくる中国公船に対処する海上保安庁の年間予算は、防衛省の4%に過ぎない。海保の巡視船に同乗して、現場を取材した。(編集委員・佐藤武嗣)

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▲尖閣海域専従部隊所属の巡視船「ともり」で、警戒・監視にあたる海上保安庁職員=12月3日、沖縄県下地島沖合、佐藤武嗣撮影

 尖閣諸島から約200キロ離れた、コバルトブルーに染まる沖縄県下地島沖。1隻の船が、黒煙を吐きながらみるみる迫り、探照灯で警告してきた。こちらの針路を遮るように、左舷から目の前を高速で横切って威圧してくる。

 接続水域や領海に侵入しようとする外国漁船を阻止する洋上訓練。記者は外国漁船役の巡視船「ともり」に乗った。向かってきたのは、海上保安庁・尖閣領海警備専従部隊の巡視船「しぎら」だ。洋上訓練に記者が乗船するのは初めてだ。

 「しぎら」は、記者が乗った「ともり」に並走、消防車の約4倍の威力を持つ遠隔放水銃で放水してきた。ジリジリと距離を詰めて接舷すると、防弾チョッキ姿の武装した警備隊6人が「ともり」に飛び移り、あっという間に「制圧」した。

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▲記者が乗船した尖閣海域専従部隊所属の巡視船「ともり」。訓練では後方の巡視船「しぎら」が、漁船役を演じた「ともり」を制圧した=12月3日、沖縄県宮古島、佐藤武嗣撮影

 2012年、日本政府が尖閣諸島を国有化したことを受け、中国は「海警」などによる尖閣周辺の接続水域・領海侵入を常態化させている。

 海域を管轄する第11管区海上保安本部幹部は「最も緊迫したのは16年8月だ」と語る。漁の解禁直後、尖閣諸島の魚釣島近くに200~300隻の中国漁船が集結。続いて中国公船15隻が押し寄せ、接続水域や領海への侵入を繰り返した。海上保安庁は巡視船を全国から集め、公船には大型巡視船が、漁船には小型巡視船が対処して侵入を阻止したり、領海外への退去警告を繰り返したりした。海保幹部は「悪夢だった」と語る。

 中国はここ数年、大型公船の建造を急ピッチで進めている。尖閣国有化の12年には、海保は1千トン以上の巡視船を51隻保有。当時は同程度の中国公船は40隻だったが逆転。来年には海保の67隻に対し、中国は2倍超の145隻を保有する見通しだ。

 尖閣諸島周辺に来る公船も、以前は3隻だったが、現在は4隻が常態化した。1千トン級が中心だった船も3千トン以上の大型化が進み、海保の20ミリ機関砲の威力をはるかにしのぐ76ミリ砲を装備する。時間をかけ、小さな行動を積み重ねることで大きな戦略的変化につなげる「サラミ・スライス戦略」を実践している。

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▲海保の巡視船「ともり」に装備された20ミリ機関砲(左)=12月3日、沖縄県宮古島沖、佐藤武嗣撮影

■自衛艦は空母化、海保は追いつかず

 海上保安庁も体制強化は図っている。大型巡視船14隻相当の「尖閣領海警備専従」体制を確立したほか、従来の船体を強化した漁船対応の小型巡視船も順次配備。急加速や急旋回が可能なウォータージェット推進器や、漁船への接舷を想定した防舷板も装備するようになった。

 海保が保有する航空機は有人だが、監視の目を増やそうと米国製無人機の導入も検討している。日本での無人機の試験飛行を視察したほか、米国防衛産業の製造工場や既に無人機を運用している米沿岸警備隊も訪ね、実用化を模索する。

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▲尖閣諸島の警戒・監視などにあたる海上保安庁の航空機「きんばと」=12月3日、沖縄県石垣島、佐藤武嗣撮影

 安倍内閣は16年、「海上保安体制強化方針」を閣議決定。尖閣領海警備体制や海洋監視体制の強化を掲げる。しかし、海保の年間予算(来年度当初案2178億円)は防衛省の約4%で、陸上型ミサイル防衛システム「イージス・アショア」2基分にも満たない。

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 海上自衛隊出身の中村進元海将補はシンクタンク「笹川平和財団」の提言書の中で、「軍事と警察という組織の違いを差し引いても、その差はあまりに大きい」とし、「海上保安庁の規模の大幅な拡充は早急に検討すべきだ」と指摘。元第11管区海上保安本部長として中国公船に対処した秋本茂雄氏は「隣国の増強を踏まえ、最先端で対応する海保の能力を強化する必要がある」と語る。

 海上保安庁は法律で軍事的役割は担わないと明記。秋本氏は「『海保が弱ければ、海自を出せばよい』との意見もあるが、前線でエスカレーションをさせずに踏みとどまるのが海保の役割だ」と強調。「我々が何とか現場で持ちこたえている間に、外交・政治によって日中で(緊張緩和の)環境を作り上げることに期待したい」とも語った。

 18日に政府が閣議決定した防衛大綱・中期防衛力整備計画では、海保について、各種事態に対応できるよう「海上保安庁などの関係機関との連携を強化する」と記述されているだけだ。離島対策との名目で海自護衛艦「いずも」の空母化を急ぐ一方で、現場で日々対応に追われる海保巡視船の建造や人員確保は、追いついていないのが実態だ。

■「何とか踏みとどまるため、能力強化を」元第11管区海上保安本部長の秋本茂雄氏

 尖閣諸島周辺領域で、侵入を常態化させる中国公船に日々対応する海上保安庁。海上自衛隊の役割との違いや、今後の課題について、尖閣海域警備を担当した元第11管区海上保安本部長の秋本茂雄・海上保安協会理事長に聞いた。

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▲第11管区海上保安本部長を務めた秋本茂雄さん=佐藤武嗣撮影

 ――第11管区海上保安本部長時代、中国公船にどう対応しましたか。

 「6年前に尖閣諸島を日本政府が取得・保有して以降、中国の海警が常態的に尖閣諸島周辺に来航し、ほぼ定期的に(日本領海に)侵入するようになった。先の見えない状態で、全国から巡視船をかき集めて尖閣に投入せざるを得なかった。巡視船を増強しないと対応できないとの判断から、尖閣領海警備専従部隊を作ろうとなった」

 「本部長時代、禁漁が解禁された8月に中国漁船が大量に尖閣周辺に押し寄せ、領海内に侵入。一方で中国海警も尖閣周辺に来るという事態になった。彼らの公船を上回る巡視船を用意し、どんな動きにも対応しなければならない。中国海警には海保の大型巡視船が、漁船には小回りのきく小型巡視船が対応する両面作戦。領海侵入を食い止めつつ、侵入した船を退去させるという地道な活動だ」

 ――中国公船の数が急増し、海保巡視船の保有数をしのいでいます。中国の意図と背景をどう見ますか。

 「海洋大国を目指すとの中国の方針があるのだろう。三つの特徴があり、まずは保有数が増加。次に、かつては尖閣に来たのは1千トン級が大半だったが、この数年で3千トン級以上が主力となり、大型化も顕著だ。76ミリ機関砲を載せるなど武装化も進んでいる」

 「『海の警察』は、麻薬密輸や密航など取り締まりで協力しながらやらないといけない。犯罪取り締まりの指揮系統や武装警察の指揮系統を注意深く見守る必要がある」

 ――中国が武装化を進めるなら、海保でも対抗手段を講じているのですか。

 「海保に76ミリ機関砲を搭載するのは法的には可能だが、政治的判断も必要になるのではないか。軍が武器を使用するのは原則相手を殲滅(せんめつ)するためだが、警察機関である海保は、原則として警告で外すために射撃する。武力衝突の事態に至らぬよう、針路規制や警告など警察比例の原則で精いっぱいやっていく。その限界がどこなのか難しく、国際法の観点も含めた慎重な検討が必要だ」

 「事態をエスカレーションさせないよう現場で踏みとどまる。それが最前線にいる海上保安庁の役割だ。『海保が弱ければ、海上自衛隊を出せばよい』という人もいるが、それは政治的に重い判断になる。そうした事態に発展させないよう、いまの海保で何とか踏みとどまる。そのためには、現場の最先端にいる海保の能力をさらに強化しないといけない」

 ――今後の海保の課題は何ですか。

 「中国公船の尖閣海域への来航常態化は、かつて3隻だったが、現在は4隻。(時間をかけ、小さな行動を積み重ねて大きな戦略的変化につなげる)『サラミ・スライス』戦略をとってきている。事態をエスカレーションさせないよう、できるだけ海保でふんばれる範囲を、能力強化によって広げる。さらに海保と自衛隊の情報共有を進め、日本のトップが正確に現場の状況を把握できる情報共有システムが必要だ。一方、こうして何とか現場で持ちこたえている間に、政治や外交によって、日中関係(改善)の環境を作り上げていくことに期待したい」(聞き手・編集委員 佐藤武嗣)

◇ 秋本茂雄(あきもと・しげお)さん 第11管区海上保安本部長や海上保安監などを経て、現在は公益財団法人・海上保安協会理事長。


2016年09月21日
2018年07月01日