(聯合ニュース 韓国語 2014/01/08)
日本軍慰安婦動員の強制性を認めた河野談話に対する日本保守メディアの“傷つける”が続いている。
産経新聞は8日、1993年の河野洋平当時官房長官の談話(河野談話)と同時に発表された慰安婦の調査結果報告書が韓日政府間の協議を経て導き出され、その過程で日本が韓国側の修正要求を大幅に受け入れていたことが明らかになったと報道した。
産経は河野談話の発表に関与した日本政府関係者たちの証言に基づき、慰安所設置の経緯、慰安婦募集などで日本の報告書原案には『軍当局の意向により』という表現が入っていたが、韓国側は『意向』を『指示』に直さなければなければならないと要求し、結局『要請』という表現で合意がなされたと報道した。
また、慰安所の経営および管理に関する内容で、報告書原案は慰安婦被害者の当時の境遇が『自由な状況とは距離が遠かった』という趣旨の表現を入れたが、韓国側から『自由もない苦痛な生活を強要された』という表現に修正することを要求し、日本側はこれを受け入れたと産経は紹介した。
日本政府は1991年12月から翌年7月まで慰安婦に関する調査を実施した後、政府の関与を認めた第1次調査結果を発表した。日本側はその後の追加調査を経た後、1993年8月に河野談話を発表しながら慰安婦動員の強制性を認めた第2次調査結果を発表した。
産経は先立って去る1日付で、河野談話を発表する前に韓日両国が談話内容を具体的に調整したと報道していた。
結局、日本が調査報告書と関連談話を発表する前に被害当事国の意見を反映したことを産経は両国の“政治的談合”とで規定したわけだ。
河野談話発表当時の官房副長官として談話に深く関与した石原信雄氏は、昨年8月の共同通信とのインタビューで「河野談話のポイント(核心)は被害者の側から問題を見たということ」としながら「未来指向の日韓関係を築くため、韓国側も納得できる形で決着させたいという気持ちもあった」と明らかにしたことがある。(機械翻訳 若干修正)
| 慰安婦問題、政府報告にも韓国介入 事実認定で「痛ましい生活強いられ」要求、受け入れる (産経新聞 2014/01/08) 慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の「河野洋平官房長官談話」が韓国側の修正要求に沿った「日韓合作」だった問題で、河野談話と同時発表された政府の慰安婦に関する調査結果報告(公式事実認定)も、韓国側の修正要求を大幅に取り入れていたことが7日、分かった。政治性を排除すべき事実認定にまで韓国側の介入を許していたことで、政府の慰安婦問題に対する認識・見解の正当性・信憑(しんぴょう)性は事実上、失われた。 当時の政府関係者らが詳細に証言した。韓国側からの調査結果報告への修正要求は、河野談話発表4日前の7月31日に届いた。 調査結果報告は(1)慰安所設置の経緯(2)慰安所が設置された時期(3)慰安所が存在していた地域(4)慰安所の総数(5)慰安婦の出身地(6)慰安所の経営および管理(7)慰安婦の募集(8)慰安婦の輸送等-の8点について、政府の事実認定を記述している。 証言によると、韓国側は(1)と(7)に対して、河野談話への修正要求と同じく「軍当局の意向」を強制性が明らかな「指示」と改めるよう求め、協議の末に「要請」で決着した。 韓国側は、(4)に関しては日本側の原案に「慰安所が存在しなかった地域も存在し、また兵隊に対する慰安婦の割合も地域ごとにさまざまで、書物などの試算が当時の実態と合致していたか否かは全く不明」とある部分の全面削除を要求。 その上で韓国側は「長期に、また、広範な地域にわたって慰安所が設置されていたことから、相当の数の慰安婦が存在したと推定される」との代替案を示し、これがほぼ日本の事実認定として採用された。 韓国側は(6)の部分では、原案の「(慰安婦は)自由な境地とはほど遠いところにあった」という記述について、「自由もない、痛ましい生活を強いられた」と書き換えるよう求め、日本側はそのまま受け入れた。 一方で、(7)の原案の「業者らが或(ある)いは甘言を弄し、或いは畏怖させる等の形で本人たちの意向に反して集めるケースも数多く」の部分では、韓国側は「業者ら」を「官憲または業者ら」にすることなどを求めたが、日本側は拒否した。 ◇ 慰安婦に関する調査結果報告 政府による慰安婦関係資料の調査は平成3年12月に始まり、4年7月に政府の関与を認める第1次調査結果が公表された。ところがその後も韓国側からも「強制性の認定」が強く求められたため、5年8月4日、河野談話と合わせて強制性を認める第2次調査結果が発表された。 |
| 「河野談話 きょう20年 石原元官房副長官に聞く」 (共同通信/東京新聞 2013/08/04) 戦時中の従軍慰安婦をめぐり、旧日本軍の関与と強制性を認め、謝罪した河野洋平官房長官談話が一九九三年に出されてから四日で二十年。今も論議を呼ぶ談話の作成に、当時官房副長官として関わった石原信雄氏に話を聞いた。 ◇ 記者:政府として、どのような調査をしたのか。 石原:国の各機関のほか、地方公共団体の公文書、米国の公文書館の文書も調べた。輸送協力や衛生管理など、慰安婦の存在を前提としたいろいろな文書が出てきたが、強制を裏付ける資料は見つからなかった。 記者:にもかかわらず、強制を認めた理由は。 石原:最終的に、宮沢喜一首相や河野官房長官の判断で、慰安婦とされた人たち本人の話を聞いた。業者による募集の過程で、朝鮮総督府の警察官が間に入って応募を強制したり、普通の労働者として軍需工場に勤務させると騙したりしたケースがあった。総じて、その意に反する形で慰安婦にされた人がいることは否定できない、という判断になった。 記者:河野談話には、さまざまな批判があり、見直しを求める声もある。 石原:資料によらず当事者の話を基に認定した手法が間違いだとの批判は当時からある。この問題は日本政府側からみるか、慰安婦側からみるかで様相が異なる。河野談話のポイントは慰安婦の側からみたという点だ。彼女たちからすれば、明らかに意に反する形で慰安婦にされた人がいるということ。未来志向の日韓関係を築くため、韓国側も納得する形で決着させたいとの気持ちもあった。 せっかく誠心誠意謝罪したのに、それが間違いだったという議論になると、収まった話がまた蒸し返される。当時の韓国政府も、河野談話で一応の区切りを付けたという認識だった。宮沢内閣で苦労して結論を出したことを、単純に否定しても前には進まない。 記者:元慰安婦に償い金を支給した「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)の評価は。 石原:賠償については日韓請求権協定で完全かつ最終的に解決され、取り上げる余地がないので、国民の協力をいただき、善意の見舞金を差し上げようとした。首相のお詫びの手紙も届けた。フィリピンやオランダなどでは役割を果たしたが、いちばんに念頭にあった韓国では受け取り拒否があり、不完全な形で終わった。非常に残念だ。 記者:安倍晋三首相の対応をどうみるか。 石原:首相になってから、この問題を慎重に扱っておられる。首相は国益を背負っており、自分の歴史観や政治信条そのままでいくわけではない。 |
2014年01月01日
以前のエントリーでも書きましたが、
なぜ慰安婦になったのか?
1、白馬事件の被害者および同様のケース(有るのなら)の被害者。
※白馬事件:インドネシアでオランダ人を(部隊単位とはいえ)日本軍が慰安所に強制連行。
2、日本軍占領地域の民間人抑留所など日本軍管轄施設で日本軍の募集に応じた人。
3、民間人に騙されて慰安所に送られた被害者。
4、身内に売られた人。
5、業者の募集に自ら応募した人。
これらをちゃんと分けて、韓国の「慰安婦=性奴隷」として一括りにするミスリードに対応しないとね。
すべては朝日新聞から始まった「慰安婦問題」
山際澄夫

ち○ぽ洗い屋のお仕事12 [DVD]

